オペラ「平家物語」世界初演リポート
オペラ「平家物語」の世界初演、2日間超満員 記憶にも記録にも残る舞台に

2025.10.09 岩崎 貴行(ジャーナリスト・文筆家)

©steichen tokyo 飯田耕治

平家の栄枯盛衰を描く日本文学史上の大傑作を原作とするオペラ「平家物語―平清盛―」(作曲:酒井健治、脚本:田渕久美子)が10月4・5日、埼玉・大宮のソニックシティで世界初演された。FANTASTICSボーカルの八木勇征の出演が注目を集めたが、音楽、脚本、歌手、演奏、演出、どれをとっても国内最高水準の内容。約2500席と大きいソニックの公演で2日間とも観客席は超満員となるなど、記憶にも記録にも残る舞台となった。
抑制的な語りで観客を引き込んだ琵琶法師役・八木勇征

©steichen tokyo 飯田耕治

物語の第一幕は、オペラ初出演となり、注目を集め続けた八木による琵琶法師の語りから始まった。黒い法衣で琵琶をかき鳴らしながら登場する八木と酒井の音楽は努めて抑制的で、平家物語の世界に観客をすっと引き込む。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」で始まるあまりにも有名な平家物語の冒頭文を八木が読むと、最初から平氏、源氏の主要人物が登場。このように観客をいきなり「つかむ」あたり、さすが人気作品を多数世に送り出してきた田渕である。

男女の対比を明確にした田渕久美子の脚本
田渕の脚本は、戦や権力争いに明け暮れる男と、その裏で地に足の着いた平穏な暮らしを志向する女性を明確に対比させる。第一幕、平清盛(池内響)の娘徳子(川越未晴)が言仁(ときひと)を産む場面では、清盛が孫の出産そのものよりも「帝の祖父」になることを喜んでいることに、徳子はいらだちや不安を隠さない。川越の歌唱は男の政に翻弄される徳子の心情を見事に表現していた。
非常に暗示的な「平家にあらずんば人にあらず」の児童合唱で始まった第二幕では、ついに清盛の太政大臣就任と言仁の誕生で権勢を誇った平家が没落への一歩を踏み出す。「終わりの始まり」の始まり。第二幕で特に印象的だったのが、タイトルロールである清盛役の池内だ。池内の声は清盛という稀代の権力者の迫力とすごみ、そしてある種のはかなさを内包し、平家物語にふさわしい歌唱と演技を見せた。特に清盛が壮絶な死を遂げるシーンは圧巻だった。

©steichen tokyo 飯田耕治

©steichen tokyo 飯田耕治


「生みの苦しみ」を「生みの喜び」に転嫁させた歌手陣
そのほか、清心かつあたたかな目で平氏・源氏の行く末を案じ続けた清盛の妻時子を演じた池田香織をはじめ、歌手陣も総じて高い水準の歌唱や演技を披露した。新作オペラの初演というのは歌手にとって非常に重い負担とプレッシャーがあるだろうが、歌手陣には「生みの苦しみ」を「生みの喜び」に転化し、その喜びが全身に溢れ出るような気迫を感じた。

©steichen tokyo 飯田耕治

酒井の音楽、ゴダールから影響受けた「不条理」要素
このような歌手陣に支えられた酒井の音楽は、全編を通して素晴らしかった。作品の「諸行無常」の世界観や田渕の意識した「男女の落差」をしっかりと反映し、幻想的かつ悲劇的でミステリーのような緊迫感をはらんでいた。酒井は長年フランスで活動しており、ジャン=リュック・ゴダールの映画から大きな影響を受けたという。今回のオペラでも、あえて凄惨な場面で軽快な音楽を使うなど、ゴダール的、不条理的な要素が見られた。
また物語の展開が大きく動く場面では、現代の作曲家の真骨頂でもある不協和音や不規則なリズム、打楽器や金管楽器などインパクトのある音を効果的に使った。酒井は10月3日の記者会見で「現代を生きる僕たちがどう平家物語を受け止めるか考えていたが、昨今の世界情勢の変化が僕に力を与えてくれた」と語った。平家物語を「普遍的」な物語に昇華できたという自負が感じられた。

©steichen tokyo 飯田耕治

下野竜也と読響、「オケが雄弁に語る」場面つくる
酒井の音楽を彩ったのは、下野竜也指揮読売日本交響楽団である。下野は普段管弦楽曲の印象が強いが、オペラにおいても持ち前の精緻な音楽分析力と場面場面によって音楽を変化させていく柔軟性が存分に発揮された。読響は近年オペラの舞台でオーケストラピットに入ることが増えており、今回の平家物語でも「オケが雄弁に語る」場面がたびたび見られた。
演出面では、シンプルながらインパクトのある黒と赤の舞台を生かした田尾下哲の演出が光った。ソニックシティの舞台は通常のオペラの舞台と比べかなり大きいが、大きいからこそ「グランドオペラ」のような雰囲気を形成できたのだろう。八木が演じた武神による演技や殺陣も、物語における世界観の形成に一役買った。
オペラ平家物語は2日間の公演を無事終えたが、観客動員は約2500人の大ホールが2日間満席となった。人気者の八木による集客力が大きかったのはいうまでもないが、集客が難しいとされる現代オペラの新作においては大変な快挙だろう。
平家物語は日本人なら誰しも一度は読んだことがある、学校で習ったことがある題材だけに、内容がオペラ初心者でもわかりやすく、オペラに関心を持つ層の裾野を広げたのは間違いない。終演後のスタンディングオベーションにおける熱狂振りが、観衆の満足度の高さを物語っている。

©steichen tokyo 飯田耕治

作る側・見る側の双方の心が動く舞台
実は脚本を書いた田渕さんに会場で声をかけられた。大河ドラマ「篤姫」など、あれだけ大ヒット作を書いてきた田渕さんすらも「この舞台は本当にすごい」と興奮していた。素晴らしい舞台の醍醐味とは、作る側、見る側の双方の心が大きく動くことなのだろう。
そして、舞台で使われた足袋は、地元・埼玉県行田市の特産品である足袋が提供された。当然ながら和装の時代と比べて生産量は大きく落ちているものの、行田の足袋は今でも日本一だ。衣装には秩父の絹織物、秩父銘仙が使われるなど、埼玉県の官民による努力も大きかった。今回のオペラ平家物語は、制作陣、出演者、観衆、埼玉県など様々な人の思いが結集することで大成功に繋がった。

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2025年
10 4 (土) /5 (日)
14 時開演

会場:ソニックシティ大ホールさいたま市大宮区桜木町1-7-2
(JR大宮駅西口 徒歩3分)

  • ソニックシティホール
    メンバーズ会員先行発売:5月14日(水)
  • 一般発売:5月20日(火)

S席 17,000円 A席 14,000円 B席 11,000円 C席 8,000円 D席 5,000円 Ys席 5,000円

ご注意事項

  • 車イス(10席)のご利用についてはソニックシティホールまでお問合せください。
  • お申込みいただいたチケットの変更・キャンセルは出来ませんのでご了承ください。
  • 未就学児同伴のご入場はご遠慮願います。
  • 出演者は変更となることがございますので予めご了承ください。
  • Ys席は25歳以下の方限定(A席またはB席から選択可)

チケット取り扱いソニックシティホールメンバーズ事務局

048-647-7722(平日9時〜17時)

公演は終了いたしました。

主催:(公財)埼玉県産業文化センター 協賛:(株)しまむら (公社)さいたま観光国際協会 協力:ガーデングループ (株)武蔵野銀行
衣裳協力:秩父市 木村和恵(花織り人・銘仙語り部)
主  催: (公)埼玉県産業文化センター 
協  賛: (株)しまむら
(公社)さいたま観光国際協会
協  力: ガーデングループ (株)武蔵野銀行
衣裳協力: 秩父市
木村和恵(花織り人・銘仙語り部)