オペラ「平家物語」音楽リハーサル現場レポート
一音一音にこだわる酒井健治と下野竜也の『魂と思想』

2025.09.09 岩崎 貴行(ジャーナリスト・文筆家)

児童合唱を指導する指揮者の下野竜也(写真右)

残暑というにはあまりに暑すぎる2025年8月26日。JR大宮駅前のソニックシティでは、10月4・5日に世界初演されるオペラ「平家物語」の音楽リハーサルが行われていた。オペラを作曲した作曲家・酒井健治と指揮者・下野竜也が揃った初めての稽古である。
この日の音楽リハはオペラの1幕のうち、まず児童合唱シーンを先に練習し、その後1幕の源氏登場シーン、そして2幕へと進んだ。数多くの大舞台で指揮してきた下野は「新作オペラというのは本当に指揮するのが大変ですよ。でも、歌手の皆さんがしっかりやってくれるのでありがたいです。ぜひ見てください」と作品の上演に自信を示す。
下野が指揮者としての鋭い感性を早速発揮したのが、1幕において平清盛の娘、平徳子の妊娠が判明する場面である。下野がコレペティートルのピアノが弾く音の一音一音を丁寧にすくいとり、歌手陣とコミュニケーションを取りながら稽古を進める。
前子(林眞暎)「ご懐妊なされました!」
平清盛(池内響)「おお!徳子に・・・子が!」
下野は「前子さん、すごくいいです」などと、歌手の気分をうまく乗せながら微修正を繰り返す。
ミステリアスさとサスペンスのような緊迫感
いよいよ近づく徳子の出産。ここで下野は、「少しテンポ前向きにする」と歌手陣に伝えた。実際、酒井の音楽もこのドラマで何かが起きると予感させるような音楽へと展開。夢か現か、幻想世界を漂うミステリアスさとサスペンスのような緊迫感をはらむ。
後継者たる息子が生まれる場面では、さらに力がこもる。下野曰く、「酒井版『トスカ』のよう、な緊迫感が出るところ」だという。「おのこ、おなごの『お』にもう少しアクセントを」。下野は清盛の落ち着かない心情を表現したい一心で細かく指示を出す。
前子が皇子の誕生を告げる様々な感情が入り交じった歌唱により、究極の権力闘争である源平合戦が再び幕を開けることが実感できた。
皇子・言仁(ときひと)の誕生によって権力を掌握できる喜びで、興奮が収まらない清盛。ここでの酒井の音楽は変則リズムでスピードには緩急があり、モダンな音楽手法を用いつつも耳に残る旋律が印象的だ。下野はこう言う。「徳子のところはテンポ緩めます。アリアの香りが残っているので」。物語の流れと酒井の音楽を見極め、適切な場面で適切な方針を出すあたり、さすが国内を代表する指揮者である。

指揮者である下野は音楽リハ初日とあって、熱のこもった指導を続けた


子に対する男女の考えの温度差、今も昔も
清盛が男子の誕生に喜びを爆発させたとき、徳子(川越未晴)の心情は複雑である。
徳子「帝・・・帝となる前に・・・私の子」
徳子の少しむっとした感じを、川越が上手く表現する。下野からは「少し突っ込んだ感じでお願いします」という指示。父と娘の掛け合いを対比させようという意図がうかがえる。
そう、1000年近い昔から、権力のことばかり考える男と子を真っ先に思いやる女の考えには大きな温度差がある。まさに今にも通底する、普遍性が感じられる場面である。おそらく脚本家の田渕久美子はこの場面、大いに強調したかったに違いない。
孫が帝になることを思い描く場面では、酒井の音楽は現代のフランス音楽を彷彿とさせ、らせん状に音階が連なる。階段を急いで降りるような不穏さがある。そう、何かが始まりそうな不穏さが。そして、その予感は現実のものとなる。後白河法皇(木村善明)が子である高倉天皇に、清盛に戦を仕掛けることを告げるのである。
下野はここでも、音への細かい配慮を見せる。「ここは平家と戦を決意する場面で早く歌いたいところだけど、張ったような感じで。怒っているというより『はぁ?』といった感じ」と微妙なニュアンスにこだわる。酒井の音楽はも変則リズムと不協和音の連続。慌ただしくなり、音楽が風雲急を告げる。
清盛と後白河の「決裂」と感情の揺れ動きがドラマを生む
清盛と後白河の「決裂」がはっきりしたとき、時子(池田香織)は激しく動揺する。「時子のテンポは少し前向きにしたい」。下野は時折酒井にも音楽の意図を確認しながら、稽古を進める。徳子はもはや、自分が男子を産んだことが原因なのかと気が狂いそうになる。悲痛かつ繊細な歌唱が響き渡る。この「決裂」に加え、感情の揺れ動きがドラマを生む。

音楽リハーサルに臨む出演者ら

実はこの平家物語、冒頭は源氏の登場シーンで始まる。リハでは、出演者のうち「源氏組」が途中から加わった。源義朝、義経、頼朝が登場し、源平合戦に新たな展開が始まることを予感させる音楽である。下野は「義朝の歌はこの作品の最初で歌われる歌です。3拍目は少し抜いたほうがいい。テヌートを入れると素敵になる」
清盛が太政大臣となり、栄華を極めるシーンも印象的だ。
清盛「ここまで来たるはそちらの支えがあればこそ。見ておれ、武士の世の幕開けじゃ」
下野「『そちら』ではなく、『そち』」ら。時代劇にあるような『そち』で」
そこで現れるのは、源氏の亡霊。すなわち、清盛に倒された源義朝(小堀勇介)である。
「義朝さん、テンポはほぼ倍だと思って数えてください。そのように指揮します。固有名詞は普通イントネーションがほぼ同じですが、ここは『清盛よ・・・』とか、意味深なイントネーションを使う方が面白い」。下野を見ていると、演出家的な要素も兼ね備えた指揮者であることがよく分かる。
登場人物の感情が激しく揺れ動き、物語としても劇的な展開が続く平家物語。そんな日本が誇る大文学作品に対し、下野と酒井が一音一音に魂や思想を注入していく姿が強く印象に残った。平家物語はオペラという西洋由来の装置により、新たな舞台へ飛翔しようとしている。 
 

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2025年
10 4 (土) /5 (日)
14 時開演

会場:ソニックシティ大ホールさいたま市大宮区桜木町1-7-2
(JR大宮駅西口 徒歩3分)

  • ソニックシティホール
    メンバーズ会員先行発売:5月14日(水)
  • 一般発売:5月20日(火)

S席 17,000円 A席 14,000円 B席 11,000円 C席 8,000円 D席 5,000円 Ys席 5,000円

ご注意事項

  • 車イス(10席)のご利用についてはソニックシティホールまでお問合せください。
  • お申込みいただいたチケットの変更・キャンセルは出来ませんのでご了承ください。
  • 未就学児同伴のご入場はご遠慮願います。
  • 出演者は変更となることがございますので予めご了承ください。
  • Ys席は25歳以下の方限定(A席またはB席から選択可)

チケット取り扱いソニックシティホールメンバーズ事務局

048-647-7722(平日9時〜17時)

主催:(公財)埼玉県産業文化センター 協賛:(株)しまむら (公社)さいたま観光国際協会 協力:ガーデングループ (株)武蔵野銀行
衣裳協力:秩父市 木村和恵(花織り人・銘仙語り部)
主  催: (公)埼玉県産業文化センター 
協  賛: (株)しまむら
(公社)さいたま観光国際協会
協  力: ガーデングループ (株)武蔵野銀行
衣裳協力: 秩父市
木村和恵(花織り人・銘仙語り部)