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日本フィル第107回さいたま定期演奏会 曲目解説
2018.05.09

Tchaikovsky1

ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)のこの作品は、ロマン派のヴァイオリン協奏曲の中で最も親しまれている傑作といえよう。ロシア的哀愁に満ちた美しい抒情や、極めて技巧的でありながらも絢爛たる華やかさに満ちた独奏ヴァイオリンの活躍が、奏者にとっても聴き手にとっても尽きせぬ魅力となっている。

 

1878年にチャイコフスキーは、前年の結婚に端を発する極度の精神的衰弱を癒すため、スイスのジュネーブ湖畔クラレンスに寓居を構えて滞在していた。この年の4月にロシアの優れたヴァイオリニストである友人のコテックが訪れ、ラロの《スペイン交響曲》を知る。

 

このスペイン民謡を主題としたヴァイオリン協奏曲に刺激を受けたチャイコフスキーは、ロシア的素材を用いた協奏曲を作曲し始める。この曲はコテックにヴァイオリン奏法の助言を得ながら短期間のうちに仕上げられ、当時ロシアで最大のヴァイオリニストであったアウアーに献呈される予定であった。

 

しかし、かつてピアノ協奏曲第1番がルビンシュテインに酷評されたように、この作品もアウアーに拒絶される運命をたどった。それから後の1881年暮れになってようやく、当時ライプツィヒ音楽院教授であったヴァイオリニスト、アドルフ・ブロツキーの独奏により、12月4日にウィーンで初演された。

 

この演奏会は大失敗に終わり、評論家の大御所であったハンスリックには「悪臭を放つ音楽」とまでこき下ろされたが、ブロツキーの努力によって各地で再演が繰り返されるうちに次第に理解されるようになり、後にはアウアー自身も自らのレパートリーにこの曲を加え、さらにジンバリストやハイフェッツ、エルマンといった彼の弟子たちに引き継がれ、こんにちの名曲としての地位を得るようになった。

 

1楽章:アレグロ・モデラート~モデラート・アッサイ、ニ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。

2楽章:カンツォネッタ アンダンテ、ト短調、4分の3拍子、三部形式。

3楽章:フィナーレ アレグロ・ヴィヴァチッシモ、ニ長調、4分の2拍子、ロンド・ソナタ形式。

 

Tchaikovsky2

チャイコフスキーの不思議な女性関係についてはこれまでにもいろいろと取り沙汰されてきたが、その問題と最も深い関わりのある音楽が、まさにこの交響曲であったと言えるだろう。

 

この曲が彼の庇護者であった富豪、ナジェージダ・フォン・メック夫人に「わが最良の友へ」という献辞とともに捧げられたことはよく知られている。メック夫人との書簡は現存するだけで500通を数えるが、その14年以上に及ぶ文通にもかかわらず、一度も顔を合わせることもなかったことは、確かに奇妙な関係ではある。

 

チャイコフスキーはメック夫人に宛てて交響曲第4番に関する詳しいプログラム内容を送っている。「人間が常に抱いている幸福への熱望は、いつもある運命的な力によって抑圧されるものであるが、それを宿命として我慢することによって、人生は耐えることのできるものとなる」というものがその概略である。

 

1877年に教え子の女性と結婚したチャイコフスキーだが、その生活もわずかな期間に破綻をきたし、精神的に追いつめられ、モスクワ川で入水自殺を計る。彼はペテルブルクにいる弟のもとに逃れ、その保護で医師とも相談し、外国旅行に出た。

 

こうしたまさに“危機の時代”に作曲された交響曲第4番は、彼の作品に持続低音のように響き続けていた“宿命”というテーマが色濃く写し出されている。この“宿命”は、しかし交響曲第4番の時点では、作曲者のコメントにもあるように「耐えることのできる」ものであった。

 

かりそめの平和とはいえ、この曲では安らぎと喜びに満ちた結末が用意されている。しかし彼の抱えた“宿命”は、続く交響曲第5番では次第に増大してゆき、最後の交響曲となる《悲愴》では“出口なし”の諦念にまで至るのである。

 

1楽章:アンダンテ・ソステヌート、ヘ短調、4分の3拍子~モデラート・コン・アニマ、ヘ短調、4分の4拍子、ソナタ形式。

2楽章:アンダンテ・イン・モード・ディ・カンツォーナ、変ロ短調、4分の2拍子、三部形式。

3楽章:スケルツォ ピツィカート・オスティナート~アレグロ、ヘ長調、4分の2拍子、三部形式。

4楽章:フィナーレ、アレグロ・コン・フオコ、ヘ長調、4分の4拍子、自由なロンド形式。

 

公演詳細はコチラ
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